イタリアにおいて大切な文化といえば、
ワイン。パスタ。ピッツァ。サッカー。オペラ・・・・
枚挙にいとまがないですが、間違いなく重要な1つが
コーヒー caffe。
イタリアでは街の至る所にbar(バール)という、
カウンターのあるカフェがあり、
1日に何度もそこを訪れコーヒーを飲みます。
イタリアには16万のbarがあると言われており、
いかに文化に根付いているかがわかります。
イタリアのコーヒーといえば、
量が少なく濃厚な”エスプレッソ”。
しかし、発祥の歴史は意外と浅く、1901年。
1884年トリノで蒸気を用い、圧力をかけてコーヒーを淹れるエスプレッソマシンが開発され、
1901年ルイジ・べッツェーラにより製品化。
(エレクトラのマシンはこの構造と今でもよく似ています。)
1905年にデジデリオパヴィーニが特許を買取、本格的な製造に乗り出します。
1938年にはミラノのバリスタによりピストンにより圧力をかけるマシンが開発。
これがエスプレッソにおける大きなゲームチェンジとなりました。
1960年代には機械式のエスプレッソマシンが開発されていますが、
基本的な構造は変わっていません。
モンテも機械式。カリマリ社製。
カリマリ社は1918年にミラノに創業。
1932年にはガスボイラーによるマシンを開発しました。
その当時のカリマリ。女性がオシャレ。
以後は全自動エスプレッソマシンを世界で初めて開発。
プロダクトのメインは全自動機でしたが、
セミオートマチック機の製造をイタリア統一150年を記念モデルとして受注生産のみで限定的に再開。
このプロダクト自体を終了した為、
モンテで使っているのはその最後の1台。
ちなみにこの時期多くのエスプレッソマシンメーカーが誕生しているからなのか、
どこが機械式やセミオートマチックマシンの発祥なのかはよくわかりませんでした。
(saecoやgaggiaではないかといわれてはいます)
補足としまして、
今は伝統的なピストンレバーのマシンをマニュアル。
スイッチ1つでカプチーノでもエスプレッソでも作れるマシンをオートマチック、
ホルダーに粉を入れ、スイッチを押すとエスプレッソを抽出してくれるマシンをセミオートマチックと呼びます。
その他にもカプセルや、ポッド、スチームに自動化機能をつけた物、抽出圧力を変えられる物など、色々なマシンがあります。
話がナイル川のように蛇行しましたので、元に戻します。
エスプレッソマシン唯一の例外は直火により、圧力をかけるビアレッティ。
1933年に開発され、今も家庭に広く普及しています。
家庭にはオススメ。
イタリアだけでなくメキシコやキューバ等世界中に普及しています。
カフェの起源としては、ヨーロッパ最古のカフェでもあるヴェネチアのフローリアンや
1806年にデミタスカップを開発した、ローマのカフェ・グレコ。
(デミタスカップの歴史はエスプレッソより100年も前。
元々は節約して、量が少なくなったコーヒーの為に開発され、
その後エスプレッソに用いられるようになりました)
ヴェネチアのフローリアンやローマのグレコ、ナポリのガンブリヌス、トリノのヴィチェリン。
これらの伝統的なカフェはどれも創業200~300年経っておりますが、
その当初はトルコ式でコーヒーをサーブしていたようです。
エスプレッソの開発と前後するように
ラヴァッツァやサッカリアといったコーヒーメーカーが1880年代に
トリノやマルケで創業していることからも、
イタリアにコーヒーが根付いて行ったのかがわかります。
エスプレッソが広まった1900年代には
コーヒーメーカーの数も飛躍的に増えています。
ここで1つ疑問が。
よくエスプレッソの本場や発祥と形容されるナポリが全然出てこないのです。
発祥や発展はトリノやミラノ。
もちろんガンブリヌスという有名なカフェはあるのですが、
これだけをもって発祥とするにはやや無理があります。
コーヒー豆メーカーの歴史も見てみても、
ナポリで有名なパッサラクアやキンボはそれぞれ1948年と1940年の創業。
これも発祥とは言い難いです。
これに関しての謎は実は解けておらず、
濃厚なナポリのエスプレッソに合わせて、
深くローストしたイタリアンローストの発祥がナポリなのではないか程度。
1つ言えることは、
ナポリでは現在もピストンレバーのエスプレッソマシンを使用しているお店が多いです。
また、濃厚なエスプレッソを好む事が
発祥や本場といったキャッチフレーズに
使用されたのではないかというのが最終的な私見です。
そんなことはどうでもいい事で、
イタリアへ行ったら、バールでエスプレッソや
カプチーノに砂糖を入れてぜひお楽しみください。
もちろん、モンテでも食後のエスプレッソをお楽しみください。